【活動報告】キルケゴールの「死にいたる病」をもとに絶望を考える哲学カフェ

絶望を考える哲学カフェ

0518_0弟子の投稿です。5月18日(日)、富山市内にて「絶望」をテーマにした哲学カフェを開催しました。

暖かな春の日差しが眩しい日曜の午後、計15名の方が参加くださり、ワークを通して学んでいただきました。

 

さて、突然ですが貴方はこれまでに「絶望」を感じたことはありますか?

今回は手始めに参加者の方の絶望体験を振り返り、 付箋に書くワークをやってもらいました。

Q1.あなたの絶望を振り返る

0518_1   各自で付箋の記入が終わった後、各テーブルで自己紹介をしつつ内容を共有しました。 個人的な体験を挙げた方もいれば、絶望を感じたことはないという方もおられました。

絶望とは何か

ここで哲学者キルケゴールの「死にいたる病」から、まずは絶望とは何かについて考えてみます。端的に言うと、絶望とは自己が様々なものとの関係性の間でバランスを欠いてしまい、生きながらに死んでいる状態です。 死にいたる病 (ちくま学芸文庫 桝田啓三郎訳)の冒頭にはこのように説明されています。

人間とは精神である。しかし、精神とは何であるか?精神とは自己である。自己とは何であるか?自己とは、ひとつの関係、その関係それ自身に関係する関係である。あるいは、その関係において、その関係がそれ自身に関係するということ、である。

 

…関係って連呼してるけど、さっぱり意味が分かりませんね。ひとまず話を進めましょう。自分とそれ意外のものとの関係。その中で以下のようなことがあると絶望しているということになります。

 

1.可能性と必然性

 (1-a) 可能性が欠乏すること

決定論者、宿命論者のように、すべてのことは前もって決定づけられている、それを自分が変えることはできないという考え、または過去の経験のみにたよる俗物性、想像力が働かなくなっていること。

 (1-b)必然性が欠乏すること

童話の中で騎士が、先へ先へと逃げていく鳥を追いかけているうちに帰り道が分からなくなってしまうように希望や不安に心をうばわれてしまっていること。

2.有限性と無限性

(2-a)有限性が欠乏すること

空想にふけるように想像にばかり意識が向いてしまい、自己を限定あるいは規定するようなものから切りはなされてしまうこと。 悪魔に身を売っている人々。

(2-b)無限性が欠乏すること

偏狭さ、固陋さ。世俗的な事に意識を囚われ、外に向かっては目を開いているが、内に向かっては盲目であること。 世間に身売りしている人々。

 

可能性と必然性、有限性と無限性の間で自己を失っていることをキルケゴールは「絶望」と言っています。実は世間では成功している人、名声や信望を得ている人でも「そのためになら一切を賭けることができるというような自己を、神の前に立つ自己をもっていないこと(*1)」はすべて絶望であるということです。

*1  死にいたる病 (ちくま学芸文庫 桝田啓三郎訳) より引用

 

絶望の諸形態とは

絶望とは何かを確認した後は、絶望の諸形態について見ていきます。

1.非本来的な絶望: 自己が絶望していることに気づいていないという絶望

例)自己が深い意味でどこから与えられたものかを意識していない

これが最も典型的な絶望のパターンです。「え、おれ絶望なんてしたこと無いし」と思ってしまった人はすべてここに当てはまるというわけです。

2.弱さの絶望: 自分自身であろうとしない絶望

例)地上の或る者に価値を置いては絶望すること(村上春樹風)

村上春樹の小説みたいに、世間では結構うまくやっているんだけど、ちょっと引いた目線で自分を見ていて勝手に憂鬱になっているような絶望です。 または絶望していることを自覚しつつも、そこから方向転換せず自分自身に対して絶望するようなことです。

3.強さの絶望:自己自身であろうとする絶望

例)無限なる自己の意識(自分自身が神となろうとした織田信長風)

自分を規定する関係性の中から自分自身を引きはがし、自己自身を見つめてそれに向かって突き進む。自己自身であるためには苦難も受け入れ、 神の救済や他人の助けも受け入れようとはしないことです。

 

Q2.あなたの絶望はどの分類に当てはまりますか?

絶望の諸形態について確認したところで、自分の絶望体験がどのカテゴリに入るかを下の表に沿って整理するワークを行いました。本邦初、絶望体験のマッピング表です。

 1.非本来的な絶望  2.弱さの絶望  3.強さの絶望
可能性と必然性
有限性と無限性

 

それぞれのテーブルで、付箋を表の中に置いて、絶望を感じた経験について整理してもらいました。 お互いに意見をかわしながら、絶望の諸形態について考えを深めることもできました。

0518_3

自己を絶望から解放するものとは何か?

ここまでのワークを通して、私達は結局絶望から解放されることはできるのでしょうか?

どうなのよ、キルケゴールさん!教えてよ!と、聞き出してみたい雰囲気になってきました。

 

キルケゴールの答えはこうです。

「自己は自己自身によって措定するのではなくて、絶対的な他者によって措定される」

 

ほ、ほう…. 。

まず、ここでの絶対的な他者とは何でしょうか?

実はキルケゴールは非常に敬虔なキリスト教徒であり、絶対的な他者とは明らかに「神」のことです。

神の下でキリスト者として、常に絶望の中にある自己はどうすればよいのか?この問いがキルケゴールにとってはとても重要なことだったのです。そして自己は自己自身によっては安定や均衡に達する事はできず、常に有限性と無限性、可能性と必然性の間でフラフラしていることになります。この間のバランスをもたらしてくれるもの、つまり措定(英語ではset)してくれるものが神なのです。

「人間は精神である」という言葉は、現代の私達をとらえて離しませんが、キルケゴールの思想においては神と向き合う人間としての自己のあり方を徹底的に追求するということだったんですね。

 

哲学者は絶望をどのように克服してきたのか?

キルケゴールの思想は、キリスト教信仰とは縁遠い私達日本人には、なかなかしっくりこないところもあります。

では、過去の哲学者は絶望をどのように克服してきたのでしょうか?

 

フリードニヒ・ニーチェ

「神は死んだ」で有名なニーチェはキリスト教道徳を批判し、自分自身が価値の創造者となる「超人」となることを主張します。これは上記の「強さの絶望」と似ているようですが、無限なるもをニーチェは嫌っているところが違います。

価値の創造者となることは、その先で起こる全てのことを全面的に肯定するということであり、それができる人が「超人」です。絶対的な神という存在を捨て去った点が、日本人には少しなじみやすいかもしれません。

 

ヴィクトール・フランクル

アウシュビッツ収容所での体験を記録した「夜と霧」で有名な心理学者です。哲学者ではないかもですが。

彼は「人生に意味はあるのか?」と考えてはならない。人が神を問いただすようなことをするのではなく、Calling(天職、天命)を受け止めて「人生はどんな意味をもたらしてくれるのか?」を問うのだと言っています。想像を絶するほど過酷な収容所での生活を耐え抜いたのも、その苦難がどんな意味を人生にもたらすのかという点に焦点を当てていたからこそです。

 

Q3. あなたはどの哲学者の考え方を受け入れることができそうですか?

ぜひ自分でも考えてみてください。

 

というような感じで、以上のようなことをレジュメに沿って進めてまいりました。

 

キルケゴールによれば絶望を自覚していない人も、本当はすべて「絶望」している、精神的には悲惨な状態だということになり、忙しい私達にとっては「大きなお世話」だと思えないこともないです。

しかし、人間の精神の覚醒を促そうとした彼の深い思索と内省は、今をいきる私達が上記で示した表を活用して自分自身について理解を深めるのに役立つこともありますし、移ろいゆく世俗において、大事にしなくてはならない目的とは何かということに思考を広げるヒントにもなると、弟子は考えています。

 

あなたは哲学者達の考え方を受け入れることはできそうですか?

 

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